わたしのひとりごと

出来損ないだからこそ、出来ることはあると思っている。

記憶の泡

7月17日(水)曇り

1:42

 

まだ起きている。

最近は少し寝つきが悪く、睡眠不足と感じる眠りの浅い日が続いている。

 

枕元に装飾の入った、コップにヒノキを小さいサイコロ状にしたものをコップのふちギリギリまで入れている。

いわゆるリラクゼーション効果のあるアイテム、ヒノキの香りは大好きだから気に入っているが、効果は未だ感じられていない。

 

暑がりだから、ベットのシーツと枕カバーは冷感マットを装着。

エアコンはドライにして体感温度を下げて、快適な空間を演出。

 

しかし眠れない。

眠れないことが眠れない。

 

眠れないことといえば、遠足の前日。

あまり寝てなかった記憶、指定金額ギリギリに調節したおやつを思い出しては、バスの席順に不安と期待で眠れなかったのだろう。

 

校外学習でカレーを作ったこともあったかな。

あの甘口のカレーと、飯盒で作った、程よくおこげの付いたご飯が忘れられない。

 

おかしと共に消えた、そのちっぽけな不安は、笑顔で埋め尽くされた写真に、思い出として今でもかすかに残っている。

 

それは寝ても消えない、私の一部である。

 

梅雨の一日

7月11日(木)雨

 

今朝の外気温は24度。

少し涼しげな朝が続いている。

 

社内の空気は少し重たく感じ、ため息が立ち登る天井を時折見上げては今日のお昼の献立を考えた。

そして、視線を落とし流れる文字列を反復する。

 

お昼は秘蔵のお土産ミニラーメンと、朝食べ損ねた和風シーチキンおにぎりだ。

 

夕方、案の定お腹が空いてしまった。

また天井を仰いでは、夕御飯の献立を考える。

 

なんでもないように見えて、微妙に変化している毎日が愛おしく感じるようになってきた。

少し前まで流れる時間に煽られては、振り落とされないように足元ばかり見ていた。

自分を俯瞰して見ているようで、今は少し楽しい。

 

こんな毎日ばかりではなだろうが、梅雨の重さに身を任せるのも悪くないと思った。

 

 

365日のどれかの今日

7月10日(水)曇り

 

今夜は少し涼しく、夏の気配はどこへやら、そんな曇天の夜空を見上げながら、少し気の早いブログを書いている。

 

と思ったけど、気がついたら寝てしまって通勤時間のいつものタイミングで書いている。

 

朝は冷凍し忘れたご飯に、永谷園のお茶漬けの素をかけて口に流し込んだ。

甘いパンを食べるつもりだったのにな、

すぐ胃もたれをおこすからよく噛んだ。

 

外は少し天気が良いようだ、

天気予報と相談しながら洗濯物は外に干すことに決定した。

 

駐車場までの道のり、ときどき見かける白い猫の名前を呼ぶ飼主、そうか、あの猫名前はそうだったんだな。

 

車で向かう道中、流れるいつもの街並み、通り過ぎていく人、にこやかに自転車で駆け抜けていく学生、重い足取りを引きずりながらも駅へと向かうサラリーマン。

 

お気に入りの音楽を流しながら今日も通り過ぎる、いつも通りだけど、毎日少しずつ色合いを変えていくそんな街並み。

 

今日も良いことがあると良いな。

なんでもない事

7月9日(火)曇り

 

昨日のことは、食器を洗いながらとりあえずは洗剤と共に流すことにしてみた。

 

眠りが浅い日が続いている。

ベッドのせいだろうか、背中も痛くソファーで寝ているほうが楽な気もする、そんなことを考え、最近マイブームとしているごぼう茶を飲みながら、朝を迎えている。

 

なんだろう、今朝は甘いパンを食べたくなる気分だ、学校の給食で出てきたジャムなんかかけながらコッペパンを食べていた時をふと思い出した。

そうそう、ミルメークコッペパンにかけて食べたりもしたっけ?

懐かしい。

 

今朝は少しゆっくりし過ぎたようだ。

甘いパンは明日にしよう。

 

七夕は通り過ぎた。

7月8日(月)曇りのち雨

 

いつものように感じた今日はどこか少し違う一日だった。

 

今日も伝えたい思いを「いいね」にのせて送り届けていた…そう。

ここ最近、私の楽しみであるこの行為。

 

自分でも、こんなにたくさんの人から反応を頂けるなんて思ってもいなくて、今でも驚きの日々である。

 

しかし、そんな自分にとって良い反応ばかりでは無かった。

前から気がついていたことだけれど、やはり疑問や違和感、不気味さを感じる人もいるようだ。

 

そんな事実に悩む自分がすごく浅ましく感じた。

どれだけ決意を固めようと、崩れようとする思い、上から塗り固めようとしても脆く、薄くなる思い。

自分自身の脆い気持ちがとても滑稽で、全て見透かされているようだった。

 

そんな私の曇りを、梅雨の雨は洗い流してくれないだろう。

夏になっても曇りのままなのか、それのも雨なのか、それは天気予報でもわからない。

 

きっとその答えは、

自分で見つけるものなのだろう。

口は災いの元

Twitterにて

「テーマに沿って、見知らぬ人に"いいね"する」取り組みも、もうじき一ヶ月になろうとしてます。

 

多分1万人?ぐらいはいいねしたかな?と思います。

時折、いいねやご返信いただき本当に嬉しく思います😊ありがとうございます!

 

会話の続いた方は、こちらからリプライを送ったりしていたのですが、なんだか少し違和感を感じるこの頃です。

 

正直、あまり自分自身を表に出すつもりはなかったんです。

ツイートも極力控え、「いいね」だけにしようと思ってました。

 

話すごとに、私という人物が浮き彫りになり不愉快や不信感が濃くなるんじゃないのかって今も思います。

 

そういう意味で自分は救われないんだと…やはり話すべきじゃないですね。笑

 

まぁ、ブログでは表立って話せないことをちょこちょこ書いていこうかと思います。

察し能力LV2

昔は、人からどう見られているのか気になったもんだ。

 

窓際の席が大好きだった。

夏場は気持ちのよい風が流れ、

午後の授業の退屈しのぎに、体育を行う生徒を眺めていた。

 

隣の席に気になる女子が来れば、普段は雑なノート写しが

いっそう丁寧に書きこまれ、机の上の筆記用具の位置が気になってしょうがなかった。

 

印象良く見られたかった、

ただそれだけだったと思う。

 

それだけならまだ良かった。

実際話す機会があって、緊張を押し殺すのに精一杯で声は小さく、

さらに、普段の無表情と合わさって、見事な無愛想である。

 

気がつけば認定されてしまっていた。

 

[冷たい人、怖い人、話しかけにくい人]

 

見事なトリプルパンチ。

 

殺人鬼のようである。

 

これは高校生まで引きずる形となったが、

とある一人との出会いがキッカケで、

変わることになるとはその当時思ってなかった。